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宝塚歌劇団・初代宙組トップスターとして輝きを放ち、
今なお舞台で魅了し続ける姿月あさとさん。
その華やかな足跡と、ちょっぴり気になるプライベート、
天海祐希さんとの仲や夫について、病気の事や石井竜也さんの事などに迫ってみました。
どうぞ最後までお楽しみください!
姿月あさとと天海祐希
姿月あさとさんは、1987年、宝塚歌劇団73期生として入団されました。
同期には、後に月組トップスターとして絶大な人気を誇った天海祐希さんがいらっしゃいます。
姿月さんは当初、
花組に配属され、繊細な表現力と華やかな存在感で注目を集めていましたが、
1993年に月組へと組替えとなり、天海祐希さんと同じ舞台に立つことになります。
その頃、天海祐希さんはすでに月組トップスターとして活躍されており、
組替え直後の姿月あさとさんが新人公演で初主演を務めた際、
トップスターが身にまとう「羽」を背負ったことが話題となりました。
まだトップではない立場での「羽」姿に対して一部から批判の声も上がりましたが、
それは天海祐希さんが同期として、
姿月あさとさんの才能と努力に敬意を込めて贈った思いやりだったのかもしれません。
舞台の世界では、こうした目に見えない絆が、時に大きな意味を持つのです。
その後、姿月あさとさんは新設された宙組の初代トップスターに就任。
未知の組を率いるという重責に、相当なプレッシャーを感じていたといいます。
しかし、同じ時代にトップとして舞台に立ち続けた天海祐希さんの姿に励まされ、
同期としての共感や絆が、姿月あさとさんの背中を押してくれたのでしょう。
退団後も、お二人は変わらぬ親交を保ち、
互いの舞台や活動を温かく見守り合う関係が続いています。
華やかな舞台の裏にある、深い信頼と友情。その物語は、
ファンにとっても心に残る宝物となっています。
姿月あさとの夫は?!
2000年7月、姿月あさとさんは2歳年下の赤坂信太郎さんとご結婚されました。
おふたりの出会いは、まさに運命的。
宝塚在団中に香港を訪れた際、
旅行中のトラブルに見舞われた姿月さんを助けてくれたのが、
当時香港支店に勤務されていた赤坂さんでした。
その誠実な対応がきっかけとなり、
後にオーストラリア支店へ異動された赤坂さんから旅行のお誘いが。
オーストラリアでの再会を機に交際が始まり、
5年間の遠距離恋愛を経て、晴れてご結婚に至ったのです。
姿月あさとさんは、初めて出会った瞬間に結婚の予感があったそう。
赤坂さんは外国生まれ・外国育ちで、宝塚歌劇団のことはまったくご存じでなかったのです。
そんな方とのご縁も、舞台人としての人生に新たな彩りを添えたのかもしれませんね。
退団後、帝国ホテルでご身内だけの披露宴を行われた姿月あさとさんは、
赤坂さんの海外赴任に伴いバリ島へ。
現地ではメイドさんが4人もつくという、まるで映画のような新婚生活が4年間続きました。
その後はオーストラリアへ移り、3年間を過ごされます。
オーストラリアでは観光広報親善大使にも就任され、
現地の文化にもすっかり馴染まれていたようです。
そして2007年、赤坂さんの東京支店勤務により日本へ帰国。
姿月あさとさんも舞台や歌の活動を本格的に再開され、
再び多くのファンを魅了する日々が始まりました。
姿月あさと病気!
姿月あさとさんを検索すると、「病気」や「声枯れ」といったワードが目に留まります。
気になって調べてみたところ、
大きな病気についての公表はされていないようですが、
ご本人がアレルギー性鼻炎について語られている場面があります。
この鼻炎が、声のコンディションに影響を及ぼしている可能性もあるのかもしれません。
歌唱時には、ブレス(息継ぎ)のタイミングで鼻が詰まっていたり、
鼻水がズルズルしていると苦しく感じることもあるでしょう。
また、服用しているお薬の副作用などが、発声に微妙な影響を与えることも考えられます。
舞台に立つ方にとって、体調やコンディションはとても繊細なもの。
それでも、姿月あさとさんはその状況と向き合いながら、
今もなお美しい歌声と存在感で観客を魅了し続けていらっしゃいます。
姿月あさとと石井竜也!
姿月あさとさんは、アーティスト・石井竜也さんとユニット「MOONSTONES」を結成されたことがあります。
ユニット名は、姿月さんの「月」と石井さんの「石」からインスピレーションを得たものかもしれませんね。
ふたりの個性が響き合うような、詩的で幻想的な響きを持つ名前です。
このユニットでは「MOON DANCER」というCDもリリースされており、
宝塚時代とはまた異なる、自由で洗練された音楽世界が展開されました。
石井竜也さんとのコラボレーションを通じて、姿月さんはご自身の中に眠っていた新たな表現の扉が開かれたと感じられたようです。
舞台人としての確かな技術と感性に、
アーティストとしての柔軟さや遊び心が加わり、
より深みのある表現者へと進化されたのかもしれません。
この経験は、その後の姿月あさとさんの音楽活動や舞台表現にも大きな影響を与え、
姿月あさとさんの世界観をさらに広げるきっかけに。
異なるジャンルの才能と出会うことで、芸術家としての可能性が広がっていく・・・
そんな素敵な瞬間が、MOONSTONESには詰まっているのかもしれませんね。
姿月あさととエリザベート!
1998年、宝塚歌劇団に新設された宙組の初代トップスターとして、
姿月あさとさんが「エリザベート」に出演されました。
演じられたのは、死を司る闇の帝王・トート閣下。
その圧倒的な存在感、気品ある容姿、そして深く響く歌声は、観客の心を一瞬で掴み、
今なお語り継がれる名演となっています。
姿月あさとさんのトートは、ただ美しいだけではなく、
死という概念に妖しくも魅力的な輪郭を与えた稀有な表現。
舞台上で放たれる一音一音に、
魂が震えるような感覚を覚えた方も多いのではないでしょうか。
今でもYouTubeなどでその映像を目にすることができますが、
やはり生の舞台で味わう歌声は格別です。
そして2026年2月、
「エリザベート TAKARAZUKA 30th スペシャル・ガラ・コンサート」
が開催される予定です。
再び、あの歌声に出会える・・・
そんな喜びに胸が高鳴ります。
年月を経てもなお進化し続ける姿月あさとさんの表現力が、
どんなトート像を描き出してくれるのか。
ファンにとっては、まさに夢のようなひとときとなりそうです。
姿月あさとさんは、 宝塚の歴史に名を刻んだトップスターでありながら、
退団後は「アーティスト」として独自の世界を築いた方。
宝塚宙組初代トップスターとして一から宙組の象徴を作り上げ、
歌では圧倒的表現力があり、ご自身の美学をお持ち。
又国際感覚もありとても魅力的です。
今後も、ジャンルに縛られず、
姿月あさとにしかできない表現を追求し続けるだろうと感じさせるアーティストです。


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