今回は、8年ぶりに再演されたミュージカル『レイディ・ベス』の観劇感想を書きました。初演から年月を経て、再び幕を上げたこの作品。
観劇前に読めば少しだけ世界観の予習に、観劇後に読めば「あ、ここ同じだ」「ここは違うかも」と、あなた自身の感じたことと照らし合わせながら楽しんでいただけると思います。
物語の余韻とともに、あなたの中の『レイディ・ベス』と 私の『レイディ・ベス』が、どこかでそっと重なったら嬉しいです。
ミュージカル『レイディ・ベス』のあらすじ
16世紀のイングランド。へンリー8世の娘として生まれたベスは、のちにエリザベス1世として歴史に名を刻むことになる少女です。
しかし幼いベスの人生は、母アン・ブーリンが反逆罪で処刑されたことで大きく狂います。王宮を追われ、田舎でひっそりと暮らすベス。
ベスの支えは、家庭教師キャットとの穏やかな日々だけでした。そんな中、自由な精神を持つ詩人ロビンと出会い、二人は惹かれ合っていきます。
やがて異母姉メアリー・チューダーが女王に即位。宗教対立の渦の中で、ベスは反逆の疑いをかけられ、ロンドン塔へ投獄されてしまいます。
女王となったメアリーは、スペイン王子フェリペとの政略結婚を機に、国をカトリックへ戻そうとしますが、国民の反発は強まるばかり。
次の女王はベスを、と望む声が国内で広がり、政治の波はさらに激しく揺れ動きます。
フェリペはベスを無罪とし、ベスは自由の身に。ベスは誰かの操り人形ではなく、自分の人生を生きたいという思いを強くしていきます。
一方、メアリーに世継ぎができた、という噂が流れますが、それは想像妊娠でした。心身ともに弱っていくメアリーは、ついにベスに「次の女王になってほしい」と懇願します。
しかしベスは、自由を求め、その申し出を受け入れられません。そしてメアリーの死。
ベスはついに選択を迫られます。「女王として国を導くのか」「愛するロビンと自由に生きるのか」歴史を動かす決断を前に、ベスの心は揺れ続けます。
『レイディ・ベス』を観た感想
このミュージカル『レイディ・ベス』が、『エリザベート』『モーツァルト!』『マリー・アントワネット』といった名作を生み出してきたミヒャエル・クンツェ&シルヴェスター・リーヴァイのコンビによる作品だと知った瞬間から、胸の奥がざわざわ、と高鳴っていました。
あのお二人が紡ぐ物語と音楽なら、きっと心を揺さぶられるに違いない。観る前から、すでに良い作品を観る予感があり、次第に確信へと変わっていくようでした。
さらに演出は、小池修一郎さん。クンツェ&リーヴァイ作品の世界観を熟知され、舞台上に魔法のような瞬間を生み出してきた小池修一郎さんが手がけたと聞けば、期待が高まらないはずがありません。
そして実際に幕が上がった瞬間。その期待は、勿論裏切られませんでした。むしろ、想像していた良さのさらに上をいく、濃密で美しい世界が広がっていました。
クンツェの言葉が紡ぐドラマは深く、リーヴァイの旋律は胸の奥にすっと入り込む。小池修一郎さん演出の手腕が、人物の感情の揺れや歴史のうねりを鮮やかに浮かび上がらせ、舞台全体がひとつの大きな絵画のように立ち上がっていきました。
観劇前の期待を軽々と超えてくる作品に出会うと、「舞台ってやっぱりすごい」と心の底から思わされます。『レイディ・ベス』はまさにそんな作品でした。
奥田いろはのレイディ・ベスは可愛い!
レイディ・ベスとして舞台に立つ奥田いろはさんを初めて目にした時、その小さなお顔と、少女らしいか細いようでいて、どこか芯のある響きの声にまず心を掴まれました。
可憐という言葉がそのまま形になったような佇まいでした。けれど、歌声が響いた途端、その印象は一気に塗り替えられました。
乃木坂48の方だとは知らずに観ていたので、あのしっかりとした歌唱力には本当に驚かされました。
柔らかい声質なのに、音の芯がぶれず、感情の流れがすっと伝わる。ただ歌うのではなく、ベスとして生きて歌っているように感じられました。
セリフも一つひとつ丁寧で、言葉の端々にベスの揺れる心や、王家に生まれた少女としての誇りが滲んでいました。
その上品さは、奥田いろはさん自身の清らかさが役と溶け合って生まれたもののように思えました。
包み込む優しさ吉沢梨絵のキャット・アシュリー
家庭教師キャット・アシュリーとして登場した吉沢梨絵さんは、舞台に姿を見せた瞬間から寄り添う温度が伝わってくるようでした。
ベスのそばに静かに立ち、時に優しく背中を押し、時にそっと受け止める。その柔らかい眼差しや声のトーンに、キャットという人物の温かい人柄が自然と滲み出ていました。
歌声も圧巻で、包み込むような優しさの中に確かな強さがあり、この人がベスの理解者で良かったと思わせてくれる存在感。
吉沢梨絵さんのキャットは、ただの家庭教師ではなく、ベスの人生に寄り添う心の灯りのように感じられました。
静かに響く名声 石川禅のロジャー・アスカム
そして、天文学者ロジャー・アスカム役の石川禅さん。星々を読み解きながら、ベスの未来をそっと示すその姿は、まるで運命の語り部のようでした。
ロジャー・アスカムの言葉には重みがあり、同時に優しさもあり、ベスが迷うたびに導いてくれるもう一人の理解者としての存在感が際立っていました。
何より、石川禅さんの声が本当に素敵。語りかける声は深みがあり、歌声が響いた瞬間、劇場全体の空気が一段階変わるような感覚がありました。
会場いっぱいに広がるあの響きは、ただの歌ではなく、物語そのものを動かす力を持っているように思えます。
ベスを支えるキャットとアスカム、二人の異なる優しさ
ベスを支える二人の優しさの形がまったく違うのに、どちらも欠かせない存在として舞台に息づいていて、そのバランスが『レイディ・ベス』という作品の深みをさらに増してるように思えました。
歌姫 有沙瞳のメアリー・チューダー
ベスの異母姉、メアリー・チューダーとして舞台に立つ有沙瞳さん。その姿を目にした瞬間、胸の奥がふっと熱くなるような感覚がありました。
宝塚在団中から歌姫として名を馳せていた有沙さんですから、もちろん歌への期待は大きかったのですが。実際に響いたその声は、期待を軽々と超えて心に届いてきました。
女王としての威厳。妹ベスを思う複雑で痛みを含んだ姉の情。そして、王家に生まれた者としての宿命に押しつぶされそうな影。
そのすべてが、有沙さんのちょっとした佇まいや視線の動きに宿っていて、言葉にしなくてもメアリーの人生がそこに立ち上がってくるのを感じました。
歌声は圧倒的で、劇場の空気を一瞬で変えてしまうほどの力がありながら、どこか脆さや祈りのようなものも感じられて、メアリーという人物の内側にある揺れがそのまま音になって流れ出してくるようでした。
舞台の光の中で、孤独と誇りを抱えながら立つ有沙さんのメアリーを見ていると、有沙さんが歩んできた表現者としての時間がすべてこの役に注ぎ込まれているようで、胸がぎゅっと締めつけられるような、忘れられない瞬間がいくつもありました。
手島章斗の自由人ロビン
詩人ロビンとして登場した手島章斗さんは、舞台に現れた瞬間から自由人という言葉がぴたりとはまる存在感でした。
どこか風のように軽やかで、束縛されない明るさ、ロビンが動くたびに場の空気がふっと柔らかくなるような、不思議な魅力がありました。
そしてロビンと共に行動する友人二人。俳優さんのお名前は分からなかったのですが、三人が並んだ時のあの仲間感が心地よく、舞台の中に小さな冒険心や楽しさがふわっと広がっていくのを感じました。
ちょっとした掛け合い、息の合った動き。どれも自然で、まるで本当に長い時間を共に過ごしてきた友人同士のよう。
小池修一郎さんの演出には、時折こうした「3人組」が登場して、物語の緊張をほどいてくれる瞬間がありますよね。『レイディ・ベス』でもその効果が見事で、重厚な歴史ドラマの中に、観客が思わず笑みをこぼしてしまうような温度が生まれていました。
ロビンたち三人が舞台にいるだけで、作品全体のバランスがぐっと豊かになり、ベスの物語に寄り添う息継ぎのような時間が流れていたように思います。
凪七瑠海の母、アン・ブーリンに包み込まれて
ベスの母、アン・ブーリンとして舞台に現れた凪七瑠海さん。宝塚在団中では男役として長く活躍されてきた方ですが、その凪七さんが纏う母としての柔らかさが、まず胸に迫ってきました。
在団中は男役でしたが宝塚版『エリザベート』のエリザベート役を務めるほど、演技も歌唱も確かな実力を持つ方だと知ってはいたものの、今回のアン・ブーリンは、その経験すべてを表現したような存在感でした。
反逆罪で処刑された母として、そして母としての祈りのようなものが、凪七さんの佇まいの中にそっと息づいていました。
何より驚かされたのは、その歌声です。男役時代の力強さとはまったく異なる、包み込むような優しさと温度を持った声で、ベスへ向けて歌うその一音一音が、まるで抱きしめるように響いてきました。
舞台の光の中で、凪七さんのアン・ブーリンがふっと微笑む瞬間、そこには母としての愛と女性としての誇りが同時に宿っていて、思わず胸が熱くなるような、忘れられない時間が流れていました。
男役としての長いキャリアを経たからこそ生まれる深みと、母役としての新しい表現が見事に溶け合っていて、その変化と進化に心から感動しました。
知性のチラ見せ松島勇之介のフェリペ
スペイン王子フェリペとして登場した松島勇之介さんは、最初の一歩から女性好きでチャラチャラした王子という印象を軽やかに体現していて、その飄々とした空気に思わずクスッとさせられるような魅力がありました。
軽口を叩きながらも、どこか憎めない、陽の光のような明るさをまとっているのです。けれど、物語が進むにつれて見えてくるのは、ただの軽薄な王子ではなく、実はとても思慮深く、政治の流れを冷静に読み取る賢さを秘めた人物像でした。
松島さんの演じ方が絶妙で、表面のチャラさの奥にある知性や誠実さがふっと顔をのぞかせる瞬間に、この人は本当はとても深い、と気づかされるのです。
その二面性がフェリペという人物の魅力として立体的に浮かび上がっていました。舞台では描かれていませんが、史実ではエリザベス1世となったベスに求婚し、断られたというエピソードがありますよね。
その史実を思い出しながら松島さんのフェリペを見ると、松島さんの中にある軽やかさの裏に潜む孤独のようなものが、ほんのりと感じられる瞬間があり、胸がきゅっとなるようでした。
松島さんのフェリペは、ただのチャラい王子では終わらず、とても印象に残る役どころでした。
『レイディ・ベス』の全体的感想
ミュージカルといえば楽曲の力が作品の印象を大きく左右しますが、『レイディ・ベス』はその期待を軽々と超えてきました。
胸にすっと入り込んでくる旋律、登場人物の心情を鮮やかに描き出す歌詞、そしてキャストの皆さんの圧巻の歌声。
どの瞬間も音楽が物語を押し上げ、舞台全体を豊かに彩っていました。お話の展開もテンポが良く、重厚な歴史物でありながら難しさを感じさせず、気づけば物語の中に引き込まれ、最後まで飽きることなく楽しめます。
再演を迎えた今だからこそ味わえる深みと、新しいキャストが生み出す新鮮さ。その両方が見事に溶け合った、素晴らしい舞台、沢山の方に観て楽しんでほしい、と心から思いました。
少し残念だったこと。ミュージカル『エリザベート』の「私だけに」「愛と死のロンド」「最後のダンス」また、『モーツアルト』の「星から降る金」「僕こそ音楽」などの歌のように何度も聴きたくなるような作品を代表するような歌が無かった事です。
日生劇場での公演 座席の見え方は?
初めて日生劇場での公演を観ました。席は「J列」前から10列目位でやや下手より。オペラグラスを使わずで肉眼で十分俳優さんの表情を観る事が出来ました。
今回は、舞台の上に円形舞台が組まれ、その円形舞台が回りながら傾斜するようになっており、後方の席でもとても見やすくなっているように感じました。
演技中にその円形舞台から俳優さんが降りられる事があり「転びませんように」、とつい、思ってしまいながら観ていました(笑)。
日生劇場は1963年に開業し、合計1334席、1階、中2階、2階の構造となっています。少し古さを感じました。今、帝劇が建て替えをしていますので、その建て替えが終ると日生劇場も建て替え?でしょうか。


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